肥満治療薬「ウゴービ」の経口薬が承認、競合状況を動かす要因となりうるか!?

投資情報部 榮 聡
2025/12/24
肥満治療薬2銘柄の株価は、ノボノルディスクが大幅下落となる一方、イーライリリィは10月から急速に持ち直して、ここ1年で大きな格差となりました。一方、経口タイプの肥満治療薬では、再びノボノルディスクが先行することとなり、競合状況に変化が出るか注目です。
図表1 言及銘柄
| 銘柄 | 株価(12/23) | 52週高値 | 52週安値 |
| イーライ リリィ(LLY) | 1071.64ドル | 1111.99ドル | 623.78ドル |
| ノボノルディスク ADR(NVO) | 51.61ドル | 93.80ドル | 43.08ドル |
| アムジェン(AMGN) | 331.49ドル | 346.38ドル | 257.05ドル |
| ファイザー(PFE) | 24.88ドル | 27.69ドル | 20.92ドル |
| アストラゼネカ ADR(AZN) | 92.14ドル | 94.02ドル | 61.24ドル |
※BloombergデータをもとにSBI証券が作成
(1)経口タイプの肥満治療薬に動きがあった
肥満治療薬の銘柄は、ここ1年半でイーライリリィとノボノルディスクに大きな格差が生じました。直近で動きの出た経口タイプの肥満治療薬が競合状況を変えるか注目です。
〇ここ1年半の株価動向
2024年7月に肥満治療薬の銘柄が下落トレンドに転じたきっかけは、米大統領選挙の中で医薬品価格の引き下げが有権者へのアピール材料になるとの懸念でした。
その後、2024年7-9月期決算でイーライリリィの主力薬の売上が市場予想を下回ったことが本格的な株価調整の契機となりました。糖尿病治療薬・肥満治療薬は長らく品不足の状態が続いていたため、会社側が把握していない流通在庫がたまっていました。
ノボノルディスクについては、次期主力肥満治療薬と位置付ける「カグリセマ(CagriSema)」の臨床試験で体重の減少が22.7%にとどまり、イーライリリィの「ゼップバウンド」を大きく上回ることができなかったことが市場で失望されて2024年末に大幅な下落となりました。
2025年に入って両社の株価の乖離が拡大していますが、これは業績動向の違いによるものです。イーライリリィの業績は流通在庫の過剰解消を受けて一時の停滞から持ち直す一方、ノボノルディスクの主力薬の売上は図表3にみられる通り停滞感が強く、四半期決算を発表するごとに通期業績見通しの下方修正を迫られて、大きな格差につながりました。
〇直近、経口型の肥満治療薬に動き
12/22(月)に「ウゴービ」経口錠がFDAに承認されました。経口のGLP-1タイプ肥満治療薬がFDAに承認されたのは初めてのケースで、同社は2026年初から販売を始めるとしています。イーライリリィも開発中の経口肥満治療薬「オルフォルグリプロン」(中外製薬から導入したもの)を、2025年中のFDA申請と来年3月までの承認を見込んでいます。
臨床試験時の体重減少は「ウゴービ」経口錠が16.6%、「オルフォルグリプロン」が12.4%と「ウゴービ」経口錠が優位です。ただし、「ウゴービ」経口錠は空腹時に服薬して服薬後30分は飲食しないという条件が付いていますが、「オルフォルグリプロン」にはそのような服用条件は付いていません。
これまで市販されている肥満治療薬は注射薬(自分で注射するタイプ)が中心であるため、経口薬が発売されると、その手軽さから利用者の拡大が期待されます。両社の競合状況を変えるものになるか注目されます。
〇注射薬では引き続きイーライリリィが優勢
イーライリリィは、12/11(木)に開発中の肥満治療薬「レタトルチド」の第3相臨床試験で28.7%の体重減少をもたらしたと発表しました。現在主力の「ゼップバウンド」の臨床試験での体重減少は21%でしたので、十分な機能向上を備えた後継薬になる期待があります。同薬はGLP-1、GIP、グルカゴン受容体を同時に刺激する「トリプルホルモン受容体作動薬」で、これが大きな機能向上に結び付いていると言われます。
一方、ノボノルディスクは、12/18(木)に後継の肥満症治療薬と位置付ける「カグリセマ」のFDAへの承認申請を行いました。同薬の臨床試験での減量効果は22.7%で現在主力の「ウゴービ」注射薬の15%を上回るものの、イーライリリィの「ゼップバウンド」を大きく上回ることはできませんでした。
さらに、イーライリリィが投入を目指す「レタトルチド」には大きく劣るため、注射薬では引き続きイーライリリィの優勢が維持される見通しです。
〇過去のレポート(ご参考)
筆者が肥満治療薬に関して掲載したレポートです。
2022年12月14日 「需要“爆発”前夜!?肥満治療薬市場」
2023年5月31日 「糖尿病治療薬、肥満治療薬、アルツハイマー病治療薬で成長期待のイーライリリィ」
2023年10月4日 「期待高まる肥満治療薬!!市場はどこまで大きくなる!?」
2023年11月29日 『個人的にも知りたい!?世間で良く効くと話題の「肥満治療薬」を整理』
2024年4月17日 『米国株2大投資テーマの1つ「肥満治療薬」の動きをアップデート』
2024年7月10日 『「肥満治療薬」アップデート:副作用報道でイーライリリィとノボノルディスクの株価動向に格差』
2025年1月8日 『株価下落で投資チャンスを迎えた!?「肥満治療薬」銘柄』
図表2 イーライリリィとノボノルディスクの株価
図表3 イーライリリィとノボノルディスクの主力薬の売上
(2)肥満治療薬の基本的なストーリー
肥満治療薬市場成長の基本的ストーリーをまとめました。
〇2030年に1,000億ドルの巨大市場へ
肥満治療薬の市場はBloombergの調査部門ビジネス・インテリジェンスによると、2030年に少なくとも1,000億ドル(約15.6兆円)の巨大市場になると予想されています(Bloombergアナリストの2025年8月20日付レポートより)。この数字は従来の市場予想である930億ドルから上方修正されています。
同アナリストは、この市場の53%をイーライリリィが、33%をノボノルディスクが獲得すると予想しています。この背景には両社が糖尿病治療のためのインシュリン製造で創業した会社であり、いまでも糖尿病治療薬が主力分野となっているという、歴史的な経緯が関係しているとみられます。
一方、このような巨大市場に向けて、アムジェン(AMGN)、ファイザー(PFE)、アストラゼネカ ADR(AZN)なども参入に向けて新薬の開発を進めています。
アムジェンは肥満治療薬「マリタイド」を開発しています。第2相臨床試験での体重減少は約20%とイーライリリィ「ゼップバウンド」の21%を下回りましたが、月1回投与の利便性(「ゼップバウンド」は週1回投与)が評価される可能性があります。2025年11月には第3相臨床試験を開始しています。
ファイザーは自社の肥満治療薬が相次いで開発中止になったことを受けて、2025年11月にスタートアップのメッツェラ社を100億ドルで買収しました。メッツェラの主力候補薬である「MET-097i」は月1回投与のGLP-1注射剤で、現在主流の週1回投与が必要な薬に対して競争力をもつと期待されています。発売は2028-2029年の見込みです。
アストラゼネカは中国のEccogene社と提携し、経口型のGLP-1受容体作動薬「ECC5004」の開発を進めており、初期臨床試験で有望な結果を示しています。現在はアストラゼネカ主導で中期臨床試験が進められています。
〇巨大市場に向けて克服すべき課題
上記の1,000億ドルの巨大市場は自動的に達成されるわけではなく、先行する両社が克服すべき課題をクリアした場合に実現すると考えられます。というのは、現在のところ一般的には肥満は「治療すべき病気」と捉えられておらず、医療保険適用がされないケースが多いためです。
市場拡大の課題は、政府の医療保険プログラムや民間医療保険会社で、どこまで保険適用の対象になるかにかかっていると言えます。このためノボ ノルディスクやイーライリリィは、肥満を解消することで、肥満が原因でなるとされる疾病(心臓病、脳卒中、肝臓病、高血圧など)を減らすことができることを証明するための臨床試験を進めています。市場拡大の程度は、その効果次第ということになりそうです。
このため株式市場では、「2030年の1,000億ドル」を一気に織り込むわけではなく、両社の薬の適応範囲の拡大を確認しながら織り込んでいくと考えられます。適応範囲の拡大につながる臨床試験の結果にはポジティブに反応し、反対に期待に沿わない臨床試験結果にはネガティブに反応することで相場を形成していくと見込まれます。
〇肥満治療薬と糖尿病治療薬の関係
肥満治療薬のニュースをみますと、イーライリリィの「糖尿病治療薬・肥満治療薬のセマグルチド」というような書かれ方をしますが、この表現について解説します。
肥満治療薬は、まず新世代の糖尿病治療薬として開発され、一般的には「GLP-1受容体作動薬」と呼ばれます。「GLP-1」という小腸から分泌されるホルモンの作用を人工的に応用するもので、糖尿病治療薬として利用されるようになりました。
一方、その後にこの薬が脳内の中枢神経に直接作用して食欲を抑える働きがあることが知られるようになり、これを利用して肥満治療薬として利用されるようになりました。
「糖尿病治療薬・肥満治療薬のセマグルチド」という表現は、イーライリリィが開発した「GLP-1受容体作動薬」の「セマグルチド」(一般名)が糖尿病治療薬としても、肥満治療薬としても使われているという意味になります。
さらに、このような表現がされるのは、肥満治療薬の需要が非常に大きく供給が追い付いていないことから、有効成分が同じである糖尿病治療薬として開発された「マンジャロ」を肥満対策に使うことが行われていることも関係していると考えられます。
医薬品を提供する会社からは、目的外の使用を諫める注意が発せられており、それほど肥満治療薬の潜在需要が強いということでしょう。
図表4は、イーライリリィとノボノルディスクの「GLP-1受容体作動薬」の一般名と糖尿病治療薬と肥満治療薬の商品名の関係を明らかにしたものです。「GLP-1受容体作動薬」には、従来型のものと効果が高い最新型のものがあり、現在徐々に切り替わっています。
図表4 ノボノルディスクとイーライリリィの「GLP-1受容体作動薬」
(3)イーライリリィとノボノルディスクの会社概要と業績動向
〇会社・事業概要
1876年創業の米国の医薬品大手です。インスリンの大量生産を初めて実現したことで有名で、ノボノルディスク同様に糖尿病と関係の深い会社です。糖尿病、がん、免疫が主力分野で、売上の4分の1相当を研究開発に投入する研究開発重視の会社です。2024年12月期の売上構成比は、心代謝性疾患治療薬が66%(うち、糖尿病治療薬の「マンジャロ」は26%ポイント、肥満治療薬の「ゼップバウンド」は11%ポイントを占めます)、がん治療薬が19%、免疫学治療薬が10%、神経学治療薬が3%、その他が2%です。
現在主力の肥満治療薬は臨床試験時の体重減少が約21%と、ノボノルディスク「ウゴービ」の約15%を上回り、競争を優位に進めています。さらに、開発中の「レタトルチド」は28.7%の体重減少をもたらしており、注射剤での競争優位はゆるがないと見込まれます。
〇業績動向
2025年7-9月期は売上が前年同期比54%増、調整後EPSが同5.9倍となり、市場予想に対してそれぞれ10%、23%上回りました。マンジャロ(糖尿病治療薬)は前年同期比2.1倍、ゼップバウンド(肥満治療薬)が同2.9倍となって売上成長をけん引しました。業績好調を受けて通期の業績見通しを売上、調整後EPSとも引き上げました。今後は、肥満治療薬ゼップバウンドの海外での展開が注目されます。
〇会社・事業概要
デンマークの医薬品大手で、米国市場にはADRで上場しています。1989年にインシュリンメーカー2社の合併で形成されました。糖尿病治療薬が主力で、他に肥満治療、希少疾患も手掛けています。2024年12月期の売上構成比は、糖尿病&肥満治療薬が94%(うち、GLP-1型糖尿病治療薬が51%ポイント、肥満治療薬の「オゼンピック」が20%ポイントを占めます)、希少疾患治療薬が6%です。
肥満治療薬では、イーライリリィ「ゼップバウンド」の体重減少率約21%を大きく上回る新薬開発を目指していましたが、2024年11月に公表した「カグリセマ」の臨床結果は22.7%の体重減少で、決定的な差を付けることはできませんでした。一方、経口薬では「ウゴービ」錠剤がFDAの承認を受けて、イーライリリィの「オリフォルグリプロン」に先行して発売することとなりました。
〇業績動向
2025年7-9月期決算は、売上が前年同期比5%増、EPSは同26%減となり、市場予想をそれぞれ2%、9%下回りました。利益の減少は研究開発費が同62%と大幅に増加したことによります。「GLP-1受容体作動薬」は同5%増、肥満治療薬の「ウゴービ」は同18%増でした。為替変動の影響を除くベースで通期売上高は最大で11%増、営業利益は同7%増にとどまる見通しとして今年4回目となる業績見通しの下方修正を行いました。
図表5 イーライリリィとノボノルディスクの業績表
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