次期日銀総裁が期待される意外な理由は?

次期日銀総裁が期待される意外な理由は?

投資情報部 淺井一郎 栗本奈緒実

2023/02/14

明暗分かれる決算発表。保ち合いが続く

2月第2週(2/6~10)の日経平均は、161円52銭高(+0.6%)と週足ベースで5週続伸しました。
TOPIXグロース指数が+0.31%であったのに対し、TOPIXバリュー指数は+1.4%であり、特にバリュー株が上昇をけん引した形です。日銀新総裁に関して週初は現副総裁・雨宮氏の就任打診が報じられました。しかし、週内最終営業日の大引け後、経済学者で審議委員の経験がある植田氏の起用が報じられ、2/14(火)に正式に、政府から国会へ人事案が提示されました。

同期間、米国市場の主要株価指数騰落率はNYダウが▲0.2%、ナスダックが▲2.4%と東京市場を下回りました。特に構成銘柄がグロース株中心のナスダックの下落幅が大きかったです。背景には、米長期債利回りの上昇がありました。2/3(金)の雇用統計などの米経済指標が相次いで堅調な結果を示し、インフレ鈍化の流れが止まるのではと懸念が強まりました。市場では、高インフレが続くことで、FRB(米連邦準備制度理事会)の積極的金融引締めが市場予想より長引くのではと警戒感が高まっています。

今週は、1月の米消費者物価の発表が最重要イベントのひとつとなっています。事前の市場予想では、前年同月比で前回の+6.5%から6.2%へ減速が見込まれる反面、前月比では前回の+0.1%から+0.5%へ加速が予想されています。日本時間では2/14(火)22時30分頃発表というスケジュールです。

ロシアが石油減産を発表し、原油価格が上昇。日米両市場において関連株が大きく連れ高し、グロース株が軟調な中、全般的な下支え材料となりました。TOPIXのセクター別で、2/6-13の期間で最も上昇率が大きかったのは鉱業でした。

10-12月期決算発表に関しては、本日(2/14)でほぼ一巡する予定です。
7-9月期決算発表シーズンは、円安を背景に業績が好調な企業が多く、株価指数の推移も好調でした。しかし、10-12月期決算発表では、各企業ごとに明暗が分かれているため、株価指数は保ち合いでの推移となっています。

日経平均株価採用銘柄の上昇率上位(2/6~2/13)では、10銘柄中8銘柄が期中で示した決算が好感され物色されました(図表7)。反対に、日経平均株価採用銘柄の下落率上位(2/6~2/13)では、同じく期中に発表された決算が市場の期待に届かず、売られている銘柄が目立っています(図表8)。

なお、2/14(火)取引開始前に発表された日本の2022/10~12期GDPは前期比年率+0.6%と、市場コンセンサスを下回りました。ただ、消費や輸出(インバウンド消費含む)は増加しています。在庫の減少で見かけ上の数字が伸び悩んだ面もあり、さほど弱い内容ではないとみられます。2/14(火)の市場への影響は限定的であったようにみられます。

図表1 日経平均株価およびNYダウの値動きとその背景

図表2 日経平均株価

図表3 NYダウ

図表4 ドル・円相場

図表5 主な予定

図表6 日米欧中央銀行会議の結果発表予定

図表7 日経平均株価採用銘柄の上昇率上位(2/6~1/13)

図表8  日経平均株価採用銘柄の下落率上位(2/6~2/13)

次期日銀総裁が期待される意外な理由は?

先週末(2月10日)の夕方、「政府は次期日銀総裁に植田和男氏を起用する人事を固めた」と報じられました。約10年間、日銀総裁として日本の金融政策のタクトを揮ってきた黒田氏の後任候補としては、雨宮正佳・日銀副総裁や中曽宏・前副総裁をはじめ多くの名前が挙がりましたが、そうした中で植田氏はほぼノーマークでありサプライズの人事案となりました。

同報道の直後、金融市場で円相場は1ドル=131円台半ばから一時130円割れとなるなど、円高・ドル安が進行しました。市場ではもともと次期総裁候補として黒田体制の異次元緩和を支えてきた雨宮氏が本命視されており、円相場については緩和継続への期待から円安含みで推移していましたが、思惑が外れたことで円を買い戻す動きにつながったと見られます。しかし、その後、早々に131円台へ値を戻し、週明け(2月13日)には132円台と一段と円安が進みました。市場は、植田氏が次期日銀総裁になっても、現状の金融緩和を直ぐに方針転換する可能性は低いと判断したとみられます。

図表9 日銀総裁人事が報道された後の円相場(5分足)

  • ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成

植田氏は、東京大学経済学部長を務めるなどの経済学者であり、1998年から2005年にかけて日銀審議委員として金融政策に携わってきました。日銀総裁には長年、日銀や財務省の出身者が任命されており、学者出身の日銀総裁が誕生すれば、戦後初のことになるそうです。ただ、世界を見渡すと、ベン・バーナンキ元FRB議長やジャネット・イエレン前FRB議長、マリオ・ドラギECB総裁などが、学者出身で金融当局のトップとなることは、世界的な潮流の1つとなっています。また、植田氏はマサチューセッツ工科大学(MIT)において、著名経済学者で自らもイスラエル中銀総裁として金融政策に携わったスタンレー・フィッシャー氏の教え子であり、バーナンキ氏やドラギ氏の同門になります。同じくフィッシャー氏の教え子であるラリー・サマーズ元米財務長官は、植田氏について「日本のベン・バーナンキ」と高く評価しております。

現在、市場では日本の金融政策が緩和から引き締めへ転換するとの見方があり、その1つが長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)政策の見直し(撤廃)です。同政策の中で行われている10年国債利回りをゼロ近辺(±0.50%以内)に誘導する政策は、市場機能の低下を招いており、これを撤廃したうえで、高めに推移するインフレへの対応から金融引き締めを強化するとの見方があります。確かにこうした見方に異論はないのですが、日銀には2000年にゼロ金利政策を解除したものの、その後、景気後退によりすぐにゼロ金利に逆戻りした苦い経験があります。植田氏はこの時の金融政策に審議員として携わっており、この当時の経験を踏まえても、安易な金融引き締めに転換する可能性は低いと考えられます。昨年7月に日経新聞に掲載された経済教室で、植田氏は「金利引き上げを急ぐことは、政治やインフレ率にマイナスの影響を及ぼし、中長期的に十分な幅の金利引き上げを実現するという目標の実現を阻害する」と述べており、金融緩和の縮小は経済状況を見ながら慎重に進められることになるのではないでしょうか。

日銀総裁の他、副総裁として内田真一・日銀理事と、氷見野良三・前金融庁長官を起用する方針と報じられています。これらの人選案について、市場ではバランスの取れた良い人選と好意的に評価する声が多く、新体制での政策運営に対する期待が高まっています。また、黒田体制では、昨年12月に行われたイールドカーブ・コントロール政策の見直しが、市場の不意を衝く格好となるなど、日銀が市場との対話に苦心する場面が多く見られており、新体制では改めて市場と対話する力が求められることになります。この点については、植田氏が長年、教授として教鞭をとられ、学生と対話してきた経験が活きると考えられます。また、米国のベン・バーナンキ元FRB議長も、議長就任前には対話力を不安視する声が一部で聞かれましたが、蓋を開けてみれば、金融市場とコミュニケーションを取りながら円滑な金融政策を行いつつ、リーマンショック後の金融市場の混乱を乗り切ってきたことを踏まえると、植田氏の対話力についても、期待こそあれども不安は小さいと言えるではないでしょうか。

図表10 日本10年国債利回りとYCC(イールドカーブ・コントロール)

  • ※BloombergデータをもとにSBI証券が作成

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