経済分析2026年の日米経済の注目点とリスク

中央銀行独立性の棄損リスク

米国トランプ大統領に忠誠心の高い側近がFRB議長となった場合、中央銀行の独立性が損なわれることが懸念される。ただし、短期的視点(2026年前半)と長期的視点(次の5~10年間)を区別することが重要である。短期的視点では、米国経済の減速が続く中で、誰が次期議長に指名されても、2026年前半に3回程度の25bpsずつの利下げが実現しそうである。しかし、トランプ忠誠派が次期議長となれば、景気循環とは独立して、インフレ率と失業率(または経済成長率)の短期的なトレードオフの関係(フィリップス曲線)に基づく追加的な景気刺激効果を得るために、さらに大幅な利下げが意図されるかもしれない。

そのような金融政策が採用されると、インフレ期待の上方シフトを通じて、フィリップス曲線が長期的には垂直であり、インフレ率引き下げのためのより大規模な金融引き締めと景気後退を余儀なくされることが懸念される。1970年代前半に、当時のリチャード・ニクソン大統領は、アーサー・バーンズ連銀議長に対して、大統領再選のための利上げ先送り圧力をかけたことで有名である。米国は1970年代を通じてインフレ率が1ケタ台後半に高止まりし、その抑制のために1979年10月からポール・ヴォルカーFRB議長の下で、一時的には20%を超える水準に短期金利を引き上げ、深刻な景気後退を伴って、インフレの鎮静化を進めざるを得なくなった。この懸念が再燃すると、金融市場では10年-20年や10年-30年の国債利回り格差の拡大、ブレークイーブンインフレ率の上昇が起こり得るとみられる。

一方で、1970年代は、米ドルと金の兌換制度が停止され、信用創造への歯止めが外れ、より純粋なfiat monetary system(管理通貨制度)に移行した時期である。インフレ率の長期的な決定要因は、1) 潜在成長率(実体経済側の要因)と2) 信用創造の伸び(金融側の要因)であり、後者が低い実質金利→銀行貸出の拡大という経路を通じて物価の累積的な上昇に寄与したと考えられる。2008年の世界金融危機後は金融規制が強化され、無制限の信用創造からインフレ率上昇に至る経路は遮断されている。また、FOMCは12名の合議制であり、議長のみが緩和路線を進めるにも限界がある。これらの2点(信用創造を通じたインフレ率上昇経路の遮断、FOMCの合議制)が、インフレ期待の上方乖離に十分な歯止めをかけることに期待せざるを得ない。

関税と移民規制はいずれも負の供給ショック

関税による価格上昇は、家計や企業の実質購買力を低下させ、供給網の非効率性は労働生産性上昇率を低下させる。移民規制は雇用者数の伸びの鈍化を伴う。いずれも短期的な経済活動と長期的な潜在成長率にマイナスの影響を与える。現時点の関税の下では、実効関税は14%ポイント程度上昇し、価格転嫁率を75%と仮定すると、総合CPIを2.2%押し上げる。川上の生産者物価では、品目別関税の影響が出やすい一次金属、金属製品、一般機械、電気機械などの物価上昇率が3月から加速している。これが川下のCPI財価格に波及する過程が、2026年前半まで続くと見込む。

国境・フェンタニル関税と相互関税の根拠法であるIEEPAに基づく大統領の関税権限に対する最高裁の判断が、2025年末~2026年初に公表されると見込まれており、違憲判断が示される可能性が高い。しかし、トランプ政権は、IEEPA関税を別の根拠法に基づく品目別関税にシフトさせる意図があり、移行期間の長期化とそれに伴う混乱が続くとみられる。特に、IEEPAと二国間協定によって関税の上限が15%(EU、日本)や10%(イギリス)に規定されている国では、IEEPA違憲判断の結果、品目別関税の高い税率(例: 自動車と部品は25%、鉄鋼・アルミ・銅は50%など)が適用されるリスクがある。この不透明感は容易には解消しないだろう。

米国雇用統計では、海外生まれの雇用者数が9月までの6ヵ月間で111万人減少した。国土安全保障省の10月27日付のメモによれば、217万人が米国から退去したとされる(52.7万人が強制退去、約160万人が自発的に退去)。過去の退去者数は、年間20~40万人であり、この公表メモの計数が正しければ、従来比で5~10倍も速い退去ペースである。

不法滞在者の65%が就業者とみられ、この退去ペースでは、就業者数が年間141万人(=2.17m x 0.65)減少する。これは非農業部門雇用者数の0.9%に相当し、雇用者数増加ペースが従来よりも月間12万人(= 1.41m / 12)減速する。つまり、非農業部門雇用者数の趨勢の増加ペースが、従来の月間15~20万人から、月間3~8万人に低下する。

この退去ペースが続くと、米国の潜在成長率は従来の年率2%前後から1.1%に下方シフトする。これに加えて、連邦政府研究機関や大学へのR&D支出や助成金の削減による、政府・大学(基礎研究)・企業(応用研究)のR&D投資の好循環の消失、優秀な人材の国外流出などが、技術進歩率をさらに低下させる可能性がある。大規模な移民規制の継続は、AIがもたらすかもしれない技術進歩率、ひいては潜在成長率の上昇を、十分に相殺して余りある潜在成長率の低下要因となりそうである。

AI

1990年代後半の米国ITブームと同様に、今回のAIブームも実体経済型バブルと考える。ITやAIによる技術革新はバブル崩壊後も継続し、いずれは実体経済に技術進歩率の上昇という形で恩恵を与える。これに対して、日本の1980年代後半のバブルや2008年GFCまでの米国証券化バブルは金融主導型バブルであった。実体経済型バブルは、金融主導型バブルに比べて、実体経済への打撃が長期化・深刻化しにくい。1990年代のITブームでは、ハードウェア投資とソフトウェア投資の両者がけん引役となり、投資の裾野が広がったが、今回のAIブームではソフトウェア投資が中心で、それは一部の巨大企業がけん引し、裾野の広がりは限定的と見込む。AIのビジネスモデルは、資本集約的、限界費用逓増型であり、収穫逓増モデルではない。2000年のITバブル終焉に3~5年先立って、先進国の利益分配率は1995年に、米国の利益分配率は1997年にピークをつけた。今回は、2021年に先進国の利益分配率はピークをつけ、米国の利益分配率は2021年と2024年にピークをつけた。

実体経済型バブルが金融主導型バブルに変貌するリスクは、預金金融機関からノンバンク金融機関への信用創造の急増が、貸出の細分化・トランシェ化を通じて非金融部門への信用供与を加速させ、その一部が不良債権化する場合である。金融システムへのリスクは、金融システム危機のたびに形を変えて表れる。その1つは、小規模格付け機関によるPrivate Letter Rating(格付けされる企業と投資家にのみ格付けの結果が通知され、公表はされない)の拡大かもしれない。金融システム危機は規制緩和の鏡像であり、共和党政権の終盤で頻発している(1980年代後半のS&L危機、2008年GFC、2020年パンデミック)。

基軸通貨

トランプ政権の要塞化政策(ヒト、モノ、カネの移動を制限)が続くと、非居住者の米国に対する評価や投資基準の見直しを通じて、基軸通貨に対する非居住者の信認の低下が懸念される。金融市場でその兆候となる指標には、外貨準備に占めるUSDの比率、各種米国金融資産に対する非居住者の保有比率、非居住保有の先進国債券・株式時価総額に占める米国資産の比率、米国とその他先進国のP/E格差、先進国または世界の株式市場時価総額に占める米国株式時価総額の比率、米国とその他先進国の長期債利回りの連動性、などが含まれる。これらの比率の低下継続、または、上昇から低下への方向変化が表れると、基軸通貨の信認低下の兆候と考えられる。これらの変化は2025年を通じて始まっており、2026年も継続すると見込む。

日本のインフレ率と金融政策

日本のインフレ率変動の要因分解によれば、需要側要因(良い物価上昇)の寄与度はせいぜい半分にとどまっており、過去数ヵ月はこの寄与度が低下し始めた。食品とエネルギーを除くコアCPI前年比は2024年7月以降、1%台半ばで安定している。潜在成長率の低い日本では、インフレ率の趨勢は1%台前半または半ばに収束し、2%を維持する可能性は低いと考えている。

金融政策は供給ショックへの対応に比較優位は持っておらず、そのショックが通過するのを待つのが最適解である。この局面での利上げは、新たな負の需要ショックとなり、経済活動の抑制要因となる。また、食品価格の上昇は日本だけでなくグローバルに生じており、グローバルな負の供給ショック(ロシアのウクライナ侵攻、気候変動)を反映している。これに対する利上げが必要とは考えにくい。

金融政策の正常化は実体経済の正常化に従属する。前者を優先すると、後者が頓挫し、その後の金融緩和が遅れ、実体経済へのブレーキが累積する(例: 2000年、2006年のゼロ金利解除)。筆者は日銀の利上げ意欲を十分に認識しているが、それが現時点で適切とは考えない。利上げの根拠として、円安是正や中立金利の上昇などが言及されると、金融市場は新たな定常状態の金利水準の上昇を一挙に織り込むので、短期金利だけではなくイールドカーブ全体の形状がスティープ化し、景気抑制要因が増幅する。利上げという結論に好都合な理由を、後付けで探しているように思えてならない。円安是正には、財サービスの購入を伴わない資本取引に対する低率での課税(トービン税)で対処するのが望ましい。

日本の労働市場の好循環にとって働き方改革は阻害要因

以下の要因から、そもそも、日銀が期待する物価と賃金の好循環の実現は困難であろう: a) 二重労働市場の下で正社員は内部労働市場を通じた異動が主であり、労働需給の変化が賃金に反映されない。b) 働き方改革は労働供給に負の誘因を与え、総需要が増えても労働供給が増えず(1人当たり労働時間は増えず)、総賃金の増加につながらない。c) 春闘賃上げ率は労働市場の実勢ではない。d) 中小零細企業の人件費/売上高比率、労働分配率の高止まりは、賃上げ余力の限界を示唆。e) 中小零細企業の所定内給与の大企業に対する比率はむしろ低下している。f) 時間当たり実質賃金上昇率はすでに労働生産性上昇率を上回っており、さらなる賃上げ圧力は、企業の利益が犠牲となるが、これが持続的とは考えにくい。

高市政権の様々な経済政策の中で、筆者が最も注目するのは働き方改革の見直しである。これが労働市場の好循環につながると考えるためである。一方で、最低賃金の速いペースでの引上げは、労働市場の負の供給ショック(賃金上昇、雇用減少)となる。特に、給与水準の低い労働集約的サービス業で、最低賃金以下で働く雇用者の比率が急増し、企業業績の悪化や倒産の増加につながることが懸念される。雇用者に占める外国人労働者の比率はすでに4.5%に達しており、外国人排除主義は、米国と同様に潜在成長率低下要因である。

松岡 幹裕

松岡 幹裕
SBI証券 経済企業調査部(チーフエコノミスト)

(株)三菱総合研究所、(株)大和総研でのエコノミストを経て、1997年から機関投資家向けサービスに従事。1999年からジャーディンフレミング証券(現JPモルガン証券)、2001年からドイツ証券を経て、2018年11月にSBI証券に入社。Institutional Investor All Japan Research Teamでは、2003-2006年2位、2007-2012年3位、2007-2012年4位、2017年5位にランクイン。米国ブラウン大学大学院経済学部修士取得。

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