米国次期トランプ政権の経済政策は、1) 減税の期間延長・規模拡大、2) 関税引上げ、3) 移民規制強化、4) 規制緩和・政府規模の縮小、という組み合わせになりそうである。その導入の時期や規模は未確定である。この組み合わせは、経済活動抑制要因、インフレ率上昇要因、潜在成長率低下要因として働くであろう。いずれの政策も、当初の案に比べて規模が縮小される可能性が高い。大統領選挙は、民主主義と統制主義(または寡頭政治)の対決だったが、リベラルと保守の対立という従来的な視点は本質を見誤っている。
減税の受益者は企業と高所得・資産層であり、関税引上げの負の影響を強く受けるのは中・低所得層なので、これら政策の組み合わせは資産・所得格差の拡大に寄与する。関税引上げは米国内消費者・生産者への増税である。米国内の製造業生産基盤の拡大につながるとは考えにくい。関税は負の需要ショック(実質購買力の低下)と負の供給ショック(供給チェーンへの撹乱と非効率性の増大)の組み合わせであり、経済活動を抑制し、物価には一過性の上昇圧力をもたらす。世界に対しては、保護主義の拡散、報復措置、貿易需要の低下を伴い、製造業活動の抑制、閉鎖経済レジームへのシフトをもたらす。
二国間交渉とその国に対する関税導入では、他国の対米黒字拡大をもたらすだけで、貿易不均衡は解消しない。供給チェーンは継続的に再構築が必要となり、非効率性が累積する。一方で、一律関税導入は、米国の景気減速・後退という犠牲の下で、国内需要が抑制され貿易不均衡が改善する余地がある。全世界からの輸入に対して10%、中国からの輸入に60%の関税が完全に転嫁されると、米国の総合CPIは3.1%ポイント上昇し、実質GDPは1.5%~2.1%ポイント低下すると見込む。
米国の不法滞在者数は2023年で約1,170万人(総人口の約3.5%)、このうち就業者が約766万人(労働力人口の約4.6%)と推定され、特定の産業・職種に集中している(建設・住宅、農業、対人サービス、運輸サービスなど)。大規模強制送還が実現すると、これら産業を中心に人手不足が深刻化し、中小零細企業を中心に廃業や倒産が増加する可能性がある。
米国経済がほぼ完全雇用にあり、目標を上回るインフレ率が続いており、米国連銀はパンデミック後の対応が後手に回ったという批判にも直面している。その結果、関税の影響を見極める様子見の局面が長期化し、利下げ幅の縮小や利下げ時期の先送りの可能性が高まりつつある。これは追加的な景気抑制要因となる。
関税によるインフレ圧力が、利上げ見通しを通じて、USD上昇につながるという考えがある。しかし、関税という極端な手段に訴えざるを得なくなったことは、米国覇権の終焉の兆候であり、米国が覇権によって享受してきた便益の放棄を意味する。これには、基軸通貨USDに対する信認に基づく、低い世界金利(先進国の実質長期金利の収斂)の下での経常赤字の継続的なファイナンスが含まれる。関税は世界貿易の縮小、リスク回避度の上昇などを通じて、資本移動の自由を制約し、閉鎖経済レジームへの回帰を加速する。その下では、各国の長期金利は各国固有要因(インフレ率、経常収支、潜在成長率など)で決定され、米国と他の先進国の長期金利の連動性は低下し、米国は従来よりも高い金利に直面しよう。
日本経済は、景気先行指数、特に各種投資関連の先行指標の停滞が続いており、2025年前半まで景気停滞感が残ると見込む。賃金の回復は続くが、消費の平準化(所得の伸び>消費の伸び)と金利上昇による支出時期の先送りで、家計貯蓄率が上昇し、民間消費の回復は緩慢に止まりそうである。
働き方改革は、非効率なワークシェアリングを通じて、物価と賃金の好循環の実現を阻害し、見かけ上の人手不足感を増幅している。慢性的な人手不足の下で、労働供給への負の誘因が残り、労働需要の増加が、経済全体の労働投入量や総賃金の増加につながりにくい制約は変わっていない。
税制上の年収103万円(課税最低限)の壁よりも、就業調整の根源である社会保険上の106万円と130万円の壁の引下げ(引上げではなく)が最重要課題である。社会保険加入者全員が社会保険料を支払い、極めて低所得の人に対して政府が社会保険料を還付する方式にすれば、壁は意識されなくなる。壁となる年収を引き上げると、社会保険料を払っていない第3号被保険者へのさらなる優遇策となり、税制上の公平性が確保できない。社会保険加入要件のうち、月収8.8万円以上、51人以上の事業所、という要件は撤廃されるが、週20時間以上の労働という要件が残るため、就業調整の誘因は残り、労働供給が増加するとは限らない。
103万円の壁の引上げはインフレ課税を回避する範囲内(15万円程度)に止めるのが論理的である。大幅な課税最低限引上げの最大の受益者は高所得層であり、それは費用対効果上、適切とは考えにくい。その他歳出増加要因(防衛関連費、子育て支援など)も考慮すれば、財政の持続性を確保できる範囲内の支援策に止めることが重要である。少数与党政権の下で、その歯止めが外れることが懸念される。
日本の物価上昇のかなりの部分が負の供給ショックまたは外生的要因に由来する。この部分の寄与度がようやく低下し始め、一方で、需要側要因による物価上昇の寄与度が上昇し始めた。この新たな変化の下で、日本のインフレ率の着地点は2%前後ではなく、1%台前半とみられる。一方で、日本銀行は、物価と賃金の好循環、景気拡大、2%インフレ率のいずれもが継続するという見通しを維持し、今後も時期尚早な利上げスタンスが続きそうである。翌日物短期金利は0.75%までの上昇を見込む。家計・企業ともに短期金利連動型借入比率が高く、大企業ではレバレッジも上昇しており、追加利上げ継続の下で金利支払い増加の影響が表れやすい。
先進国・日本いずれにおいても、景気減速要因が表れる中で利下げペースの鈍化または利上げ継続となれば、「名目GDP成長率>10年債利回り」という資産価格に支援的な金融情勢が解消する可能性が時間と共に高まる。この符号条件が逆転するめどとなる10年債利回りは、米国で4.5%、ユーロ圏で2.5%、日本で1.5%あたりと考えている。